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「治したくても治さない。」私自身の経験

胸やけ、精神的ストレス、頻度の増加
過食嘔吐という、不自然で非生理的な行為を続けることで、身体にさまざまな不都合が起こります。
私自身の経験をお話しましょう。

過食嘔吐による身体の症状として、まず上部消化管症状がありました。
のどや口の中がひりつくような感覚、胸やけなどです。
口やのど(咽喉頭)、食道が、胃酸によって「やけど」するために生じる症状です。
また、嘔吐してしまったという罪悪感や、抑うつ、嘔吐を続けることによる食道がんへの不安・恐怖など、心の苦しさもよく覚えています。
依存症のセオリーですが、年を経るごとに過食嘔吐症状は回数、量、時間、すべて増加していきました。
(依存症の経年増加)

病識の欠如
摂食障害では、拒食症から神経性大食症への移行など病型が変化することがままあります。
私自身も、過食性障害(むちゃ食い障害)、摂食制限型の拒食症、過食・排出型の拒食症、神経性大食症(神経性過食症)を経験しました。
全経過で、病気である自覚は非常に薄かったと思います。

特に摂食制限型の拒食症のときは、医師免許をすでに持っていたにも関わらず、全く病識がありませんでした。
体重減少に伴って月経が来なくなっても、嘔吐していないのだから摂食障害は治ったと思っていました。
治ったと思いたかったのだと思います。

やせるため、あるいは太らないために嘔吐しているときは、何かおかしいことは分かっていました。
ただ、それを病気と自覚するというよりも、「やばいなぁ・・・。なんとかしないとなぁ。」という、ぼんやりとした捉え方でした。
病院や医療機関を受診することについて考えても、自分の医師という職業のことを考えると恥ずかしさや罪悪感などで行動できませんでした。
日々の仕事のいそがしさや、飲酒によってごまかしていました。
摂食障害を抱えている医療従事者の方々の中には、同じような理由でなかなか病院の治療に踏み切れない方もいると思います。

アルコール依存症の方が、自分のことを「アル中だ。」と周囲に公言しておきながら、病院や断酒会に通おうとしない状態と似ているかもしれません。

苦しいことが自分の「当たり前」
摂食障害にパーソナリティ障害が併存しやすいことはすでに述べました。
(→摂食制限型の拒食症)
パーソナリティ障害では病識を持ちにくいことが知られています。
摂食障害に典型的な思考パターンの芽は、パーソナリティが形成されるような段階から育くまれているのではないでしょうか。

私は過食嘔吐を発症する数年前から、満足して食べ終わるということがありませんでした。
お腹がいっぱいで苦しいのに、満足できずに食べ続けることがありました。
「これ以上食べると太るから。」という理由で食べるのをやめることはできても、満足して食べ終わることはできませんでした。
物理的にお腹がいっぱいなのに満足できない感覚は、「過食衝動」だったのでしょう。

私にとって、食べ物を選ぶときに「食べたいもの」ではなく、「より太らないもの」を選ぶことは極自然なことでした。
食べないか、食べるのであればより太りにくいものを、という具合です。
自分が今何を食べたいと思っているか、じっくり考えたこともありませんでした。
強いて言えば、いつでも、なんでも、食べたいからです。

体重の増減で過剰に気分が左右されることについても、なんの違和感もありませんでした。
体重が増えると、それが健康上よい値であっても、自分がとても醜く思え、恥ずかしく、落ち込んだ気持ちになりました。
人から「やせたね。」と言われることが、例えば「君はクレオパトラのように美しい。」と言われたように感じるぐらい嬉しく、興奮しました。
摂食障害にありがちな考え方や感じ方は、私にとって疑問をさしはさむ余地が無いほどに身近で当たり前のものでした。

【13】-7 医師を含む医療従事者、専門家は摂食障害、過食症をどう認識しているか ② 摂食障害医療の未来

アレキシサイミアにより患者さん自身が苦しみを感じることができない状態が、医療従事者の危機感を麻痺させてしまうのかもしれません。

医療従事者は、決して、患者さんに引きずられて、摂食障害、過食症を見逃し、放置し、病状をより悪化させることの無いようにしたいものです。

そもそも、摂食障害、過食症は、難治であり、症状が10年20年と長く続き、癌などの重い身体合併症の可能性も孕む、非常に深刻な病気です。

それを知っても、この病気の大変さがよく分からない、実感できないのは、摂食障害の患者さんであれば当然ありうることで、それが病気の特徴なのです。

重要なのは、医療従事者は、そこに巻き込まれてはならない、ということです。

摂食障害、過食症を治療する医療の側が、食行動の異常の線引きを見誤り、摂食障害、過食症の病気としての深刻さを理解できていない状態では、摂食障害医療に未来はありません。

【13】-7 医師を含む医療従事者、専門家は摂食障害、過食症をどう認識しているか ① 認識の程度はさまざま

医療従事者が摂食障害、過食症をどう捉えているのか、医師自身の摂食障害、過食症への認識、病気としての深刻さの理解は、患者さんの病識の程度を大きく左右します。

摂食障害、過食症が多面的で多様な病気であるがゆえか、摂食障害、過食症についての考え方や治療の仕方は、専門家の間でも様々で、まるで逆のことを理念として掲げている場合すらあります。

摂食障害医療が抱える混とんは、患者さんが医療機関を頼ろうと思えなかったり、治療離れが起きやすい要因でもあるでしょう。

摂食障害を専門に診る医療従事者や専門家は、病的な食行動の線引きについてどう考えているのでしょうか。

過食や自己誘発性嘔吐をダイエットの延長として捉え、それらの症状の全てが摂食障害、過食症なわけではない、と考えている医療従事者もいるようです。

私は、これを、とんでもないことだと考えます。

身体的飢餓による過食衝動の存在に、一切の否定の余地はありません。

それは摂食障害、過食症の過食衝動をさらに大きくしうるものです。

食料不足が無い環境で、美しくなるために痩せようとした時、身体的飢餓に陥るまで、つまり生理的な過食衝動が起こるほど体重を減らしてしまう背景には、摂食障害、過食症における「やせ衝動」が関わっています。

端的に言えば、やせ衝動のない人は、そこまでストイックにダイエットしません。

ダイエットに限らず何事にも過度にストイックな傾向は、摂食障害、過食症の方によく見られます。

自己誘発性嘔吐に関して言えば、意図的に嘔吐行為に至ったのであれば、その回数や頻度に関わらず、やせ衝動、排出衝動の関与は疑いようがありません。

病気の関与があるからこそ、動物である人間が、本来の生理的な行動を踏み外すのです。

医療従事者が、たまに見られる過食や自己誘発性嘔吐をダイエットの延長と見なし、見逃すことは、過食症、摂食障害の本人が「過食のみだからマシ」「たまにだから大丈夫」と思って、治そうとしないことと似ています。

これは、医療の側が、患者さんの病識の欠如や、病気の深刻さの持続的欠如を後押しし、依存症としての「慢性の自殺」に手を貸してしまっている状況です。

医療従事者、専門家までもが、摂食障害の病態である病識の欠如に巻き込まれているか、医療者自身が摂食障害であるがために、異常の線引きができなくなっているか、いずれかの要因が考えられます。

摂食障害、過食症を治そうという時に、医師を含む医療従事者、専門家までもが、その病態である「病識の欠如」に巻き込まれてはいけません。

【13】-6 摂食障害医療 早急に解決すべき問題

一方で、早急に改善されるべきは、摂食障害医療の混沌が治療離れを促進していることです。

摂食障害の患者さんの多くが治療する側に期待することは、なるべく早く、リバウンドなく、過食、過食嘔吐、チューイング症状を無くすことです。

医院、クリニック、病院などの医療機関に行き、摂食障害、過食症の症状が苦もなくピタリと止まり、その後再発しなければ、大勢の患者さんが喜んで医療機関を受診するでしょう。

ところが、摂食障害、過食症専門の病院、クリニックでの治療、カウンセリング相談などでは、過食、過食嘔吐、チューイング症状を、楽に、いち早く止めることを第一の目的とした治療を展開していません。

その上、摂食障害、過食症に適した治療を受けられる治療機関は、日本ではまだ少ないようです。

症状軽減を目的として、抗うつ剤などを使用することもあるようですが、効果のほどははっきりしていません。

抗うつ剤、抗精神病薬、抗不安薬など精神科系薬物の使用は、気持ちが楽になったり眠れるようになるなど役立つ面もありますが、長期使用の弊害が懸念され、それこそ薬の副作用である処方薬依存の問題もあります。

依存症の性質を強く持つ摂食障害、過食症に対して、脳に効く精神科系の薬物を使用することは、危険も伴うため、本来は、よほど熟達した医師のさじ加減が必要なのです。

病院、医院、クリニックなど、医療機関が提供できるものと、摂食障害、過食症の患者さんが最も望むことの食い違いが、摂食障害医療の混沌を生み、それが摂食障害、過食症の治療離れにも影響しているでしょう。

また、摂食障害、過食症の治療に携わるとき、治療者は、常にアレキサイミアの関与について注意を払うべきでしょう。

摂食障害、過食症の患者さんの多くは、医療従事者を含む他者とのコミュニケーションに困難を抱えています。

そこにアレキシサイミアが加わり、その関与が治療者の念頭に無ければ、双方の行き違いは、またたく間に深刻なものとなりえます。

摂食障害、過食症が治療に結びつきにくく、治療離れを起こしやすいのは、依存症としての病態を考えれば、避けられないことです。

しかし、摂食障害を治そうとする医療従事者が治療離れを促進する事態は避けなければなりません。

【13】-5 治療者が取り組み続けるべき大きな問題 病態としての「病識の欠如」

病気の当事者である自覚が持てない、いかに深刻な病気かが分からない状態は、最も治療から遠い状態にあります。

病識の欠如、病気の深刻さの認識の持続的欠如は、摂食障害の慢性化・遷延化のリスク因子です。

摂食障害、過食症の患者さんは、経年増加をすでに経験していても、そのこと自体に実感が持てなかったり、これから先は、症状が増えるという気がしなかったり、病状が悪化することが十分に理解できません。

これは、すでに摂食障害、過食症が慢性・遷延化してしまっているか、そのうち慢性・遷延化する方に典型的な状態です。

病気である実感を持てないこと、病気の大変さが分からないことが、摂食障害、過食症の症候であるならば、患者さんはそのことで責められるべきではありません。

かぜで発熱することが責められるべき問題ではないように、病気の症状は、対処が必要となりうるものであって、非難される類のものではないからです。

患者さんにできることがあるとすれば、それはまず、摂食障害、過食症という病気であるからこそ、病気である実感を持てない、病気の大変さが分からない状態に陥りやすい、と知ることです。

 
摂食障害、過食症の方に見られる病識の乏しさは、治療につながりにくく、また、治療離れを促進するものです。

医療機関・治療機関を受診する摂食障害、過食症の患者さんは、おそらく少数派です。

なにしろ、摂食障害、過食症には、自分自身を病気と露ほども思っていない、潜在的な患者さんが大勢いるからです。

治療を望む少数派ですら、期待した効果が得られないことや、医療従事者の対応に失望するなどで、治療から離れ、二度と医療機関に行かなかったりします。

摂食障害、過食症の病態として治療に結びつきにくいことは、難しい問題で、すぐにどうこうできるものではありません。

これは、現在の日本の摂食障害医療では、太刀打ちできていない問題でもあるでしょう。

しかし、これからの摂食障害医療を担う医療従事者、治療者、専門家は、病識の欠如という症候に立ち向かい続け、時間がかかったとしても解決の道を模索し続けなければなりません。